。
八重子の夢心地は、深まるばかりでした。それを、ほっとくつろいだ吐息にはきだしますと、眼の前のことだけがまざまざと、恰も鏡に映ったようにはっきりと見えました。
長火鉢の磨きすました銅壺、黒塗りの餉台、茶箪笥の桑の木目、鏡懸けの友禅模様、違い棚の真中にある大きな振袖人形、縁起棚の真鍮の器具……そうした室の中に、みさちゃんと呼ばれた小女は、行儀よくまめまめしく立働きました。脱ぎ捨てられたコートをたたみ、茶をいれ、丸い餅を焼きました。
女主人は、小揺ぎもなくぴたりと坐って、冷淡かと思えるほど表情少く、口数もごく少く、ただその身ごなしに情味をたたえていました。背の高い細そりした体に、頬の豊かな丸顔なのが、人形めいたやさしさを感じさせました。そして彼女は妙に、八重子の方へ真正面に向かず、ただ大きな眼付だけをひたと向けました。
金糸の通った縞御召の肩に、紋付の羽織をずらせ、軽くパーマをかけた髪を、真中から分けてふっくらと結えてる、この女主人は、幾歳ぐらいだろうかと、八重子は迷いました。三十歳ほどにも思えますし、二十歳ほどにも思えました。
海苔巻きの丸餅に熱い茶を、つつましやかに味いなが
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