り、大きな木立があり、灌木の茂みがあり、野原には薄の穂が出ていました。
「あ。」
 八重子は思わず声に出して、足をとめました。ゆるい傾斜地のかなた低く、星明りにぼーと、広い水面がありました。
 いっしょに足をとめてふり向いた女へ、八重子は言いました。
「河でしょうか、海でしょうか……。」
「ご存じありませんの。沼……というより、湖水でございますよ。」
 この沼の広々とした水面が、生き物のように息づいてるらしく思えて、八重子は連れの女へ身を寄せました。しぜんに、足が早くなりました。
 静まり返ってる大きな家のまわりを、二曲りして、小さな平家の前に出ました。
 低い生垣のなかの砂道を、女は小刻みに歩いて、戸を叩きました。暫く待って、また戸を叩きました。
「みさちゃん、あたしよ。」
 戸に格子、狭い三和土、障子、そのとっつきの三畳を通ると、調度の類がきりっと整ってる茶の間でした。
「こんなところで、失礼でございますけれど、どうぞ、御自由になすって下さいませ。」
 女は立膝で、長火鉢の中の火をかきたてました。それからコートをぬぎ、小揺ぎもなさそうな姿勢に坐り、器用な手付で巻煙草に火をつけました
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