儘下を向いて了ったので唯|微笑《ほほえん》でみせた。
 然しまた棟梁のことを何かと影口をきく者もないでもなかった。大留のうちには惣吉に専太という二人の年季奉公の小僧が居た。で庄吉は自然に彼等の方に親しんで行った。特に金さんが得意先に出かけて行った時や、何かにつけがみがみ叱りつける彦さんが居ない時など、彼は小僧達と一緒にこっそり薩摩芋を買って食べたりした。お小遣銭《こづかい》を持たない庄吉がいつも買いに走らせられた。
「うちの親方はぐずなんだい。」と惣吉はよくいった。「こないだの坂の上の旦那の家の建増しを大万《だいまん》の方に取られちゃったじゃねえか。働きが足りねえんだよ。俺が親方位になりゃあ、区内の仕事は一人で立派に引受けて見せてやるんだがな。」
「だが親方は偉《えら》いんだい。」と庄吉はいった。
「偉いのは偉いさ。ただ働きが足りねえんだよ。」
 庄吉にはその意味がはっきり分らなかった。惣吉は得意そうにこんなことをいい出した。
「こないだね、親方が例の処へ行って朝遅く帰って来たもんだから、お主婦《かみ》さんに小言を喰って喧嘩をおっぱじめたんだ。だが後でお主婦さんにあやまっていたよ。甘《
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