味がよく分らなかったけれど、常々の棟梁の言葉からして、道具を使うのも単に使うだけでないことが朧ろげに呑込めていた。そして頭領は何かしら偉《えら》いものを持っているように思えてきた。皆の者がいつも黙ってその云うことを聞いているのが、本当だと云う気がしてきた。
 何時か庄吉も一度|棟上《むねあ》げに連れて行って貰ったことがあった。大留《だいとめ》の下についてる大工達の外に多くの仕事師達もやって来た。まだ新鮮な香りのする白木の桁構えのうちには、健やかな気分が漲っていた。頭《かしら》が上にあがって音頭《おんど》を取った、そして大勢の衆の木遣りの唄につれて棟木がゆるゆると上に引き上げられた。庄吉は勇ましい頭《かしら》の姿を見た、それから御幣《ごへい》と扇と五色の布とがつけてある大黒柱の神々しさを見た、そしてまた革の印絆纒《しるしばんてん》を着て少し傍に離れて立っている棟梁《とうりょう》の鹿爪らしい顔を見た。新しい印絆纒を着せて貰ったことよりもそれらのものが一層庄吉の心を引立たした。
 庄吉は棟梁の側に行ってからこう云った。
「親方……。」
「何だい?」と答えて棟梁は庄吉の顔を見返したが、庄吉が其
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