った。長い間立っていたが何の物音もしないので、彼は我を忘れてそっと台所口から覗こうとした。妙な好奇心が露《あら》わに彼の胸を躍らした。
 その時急に彼の肩口を掴《つか》んだ者があった。ふり返るとおせい[#「せい」に傍点]であった。彼女は顔をてかてかさして手に石鹸箱《しゃぼんばこ》を下げていた。
 庄吉は無言のまま家の中に引きずり込まれた。
「何をしていたんだい。さあお云い。」と小母《おば》さんは怒鳴った。
「何を図々しく黙っているんだい。云わなけりゃあ、こうしてやる。」といって彼女は庄吉の右手をぐんぐん捩じ上げた。「大方何か物を持ち出そうとでも思ったんだろう。へんお前さんにそんなことをされるような間抜けじゃないよ。」
 庄吉は痛さにしくしく泣き出しながらいった。
「小母《おば》さん堪忍しておくれよ。誰もいないんで俺は恐《こわ》くなったんだい。それで中を覗いてみたんだい。」
「よくそんな白々しい嘘がつけたもんだね。私にはちゃんと分ってるよ。小父さんに頼まれて何か持ち出すつもりだったんだろう。小父さんにそう云うがいいや、私あそんな間抜けとは違うからね。」
 庄吉は何と弁解しても許されなかっ
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