か、それをまた、あなたに贔屓する者があって、わざわざ報告したり、うるさいことでしたろう。懇親会の時は、みんな酔ってきたものだから、聞えよがしのあてつけも出てきたわけです。ところが、あなたも少し、酔ってもいたが、虫の居所がわるかったのでしょう。
あなたのことを日頃いろいろ中傷していた塚田さんの方へ、つかつかとやっていって、塚田君、とただ一言云いましたね。顔色もかえず、落着き払った態度で、見事でしたよ。呼ばれて振向くところを、頬辺に、拳固で一撃くらわしておいて、すたすたと会場から出て行ったのがよかった。人を殴るにはあの骨法だ。いきなり一撃くらわして、相手がよろめきながら、呆気にとられて、まだ喧嘩の気組みにならない先に、すっと引上げるんです。殴り合い取っ組み合いになったら、勝っても負けても、胸のすくように、すっきりとはいきませんよ。
本当を云えば、塚田さんを殴ったことは、恐ろしくあなたに不利でした。根もない蔭口なら黙殺するに限るので、人を殴ったとなると、根があったことになりますからね。それを承知でやったとすると、あなたも大したものですよ。だがあれは、実は、まだ癇癪まぎれの気味がありました
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