ね。だからごらんなさい、あれの影響もあって、波江さんに対してへんに真剣になったじゃありませんか。波江さんもあの時のことを、誰からか聞いたようです。おせっかいな奴がいたもんですね。
 そんなこんなで、あなたと波江さんとは、へんに打解けた話がしにくくなりましたね。懇意な間柄で話がしにくくなってくると、やがて爆発が起ってくるものです。私は楽しみにそれを待っていましたよ。ところが、案外つまらなかった。もっとざっくばらんにいかなかったものでしょうか。
 たしか、波江さんから云い出したんですね、何かふさいでいなさるようだから、気晴らしに奢ってあげようって。あの時は、まるで謎のかけあいみたいでしたよ。何をふさいでるのかと波江さんが聞くと、入用な書物を買うのに金がなくて困ってるなんて、よくもあんな出たらめが云えましたね。すると波江さんは、あなたの手に百円札を一枚にぎらしたでしょう。その謎で、波江さんは平賀さんの世話になることになったという事実が、お互いに通じ合ったんだから、呆れたもんです。それからいやにしんみりして、バーのボックスの中で、波江さんはあなたにじりじり身体を押しつけてきて、一緒に海が見たい
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