なたの目についたのでもそれだけあるとすると、陰でどんなことがあったか分ったものじゃない。そして偶然らしく平賀さんの話が出た時、彼が或る会社の重役だということを聞いて、あなたは目を丸くしましたね。全く、会社の重役という柄じゃない。だが、合名会社で、綿布類をあつかう商売だと聞いてみれば、驚くに当りませんよ。驚いたのは、あの時のあなたの挨拶だ。
「あたし、どうにもやりきれないから、平賀さんにお金の融通をお頼みしたんですけれど……。」――「そんなことをして、あなたは、堕落してもいいんですか。」
 その時、波江さんは唇をかんで、冷たい石像のようになりましたよ。女の決意というものは、どんな機縁でどんな方向にむくか分らないものです。生命をかけて信頼出来る真心、それはめったに見出せないものですが、それに縋りついていない限りは、いつも宙に浮いてるようなものですからね。いや、男の決意だって当にはなりませんよ。あなた自身のこと、よく考えたら分るでしょう。
 然し、私はあなたに賛成です。悉く賛成ですよ。やはり私が見込んだだけのことはあります。
 先日は素敵でした。あれ、学校の学年初めの懇親会とか、そんな会でし
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