きが、東京にざらにあるどの水たき屋よりもまずいから、呆れたものですよ。もっとも、おでん屋風の腰掛の店で、ちゃんとした道具立でないから、無理もありませんがね。それにあの、おきゆうと……あれだってただ珍らしいだけですよ。特殊な海草から取れるものだとか、あちらの人は大層好きなようですが、ところてんをざらざらにして磯の香をつけた、それだけのもんじゃありませんか。乾製にしたお煎餅みたいなやつを、一晩水につけてふくらましたんだから、本来のものより味はおちていましょうがね。そのおきゆうと、まずい水たき、他にちょっとしたものと、酒だけですから、繁昌するってわけにもいきますまいよ。
その店に、どうしてあなたが度々飲みにいったか、そのことですよ。専門学校の英語の教師で、地位こそ低いが、相当世間の注意も惹いてる評論家だし、一時はプロレタリア運動にもシンパの地位に立っていたし、其後、文化史の研究に精進してる、そのあなたがですよ。そのあなたが、あすこへ行くと、時によって、妙に饒舌になったり、妙に感傷的に黙りこんだり、そして始終、波江さんの方に気をひかれ、眼を引かれてたじゃありませんか。波江さんもおかしい、あな
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