昔の燈籠流しの晩のことが、むず痒いような気持で新たに思い出されました。そこに、なにか、ぽつりと火がともってるようです。ぽつりと、遠く美しく火がともっています。私は夜の蝶のようにその方へ飛んでいきたくなりました。珍らしく、ほんとに珍らしく、涙が出てくると、それに自分で腹が立ちました。私はどうかしていたのでしょうか。生涯何一つ美しい思い出を持っていない私です。あの遠い火を失いたくない。そうして私は、今村さんと一緒に海を見に行きたくなりました。今村さんを誘いました。ところが、その日、歌舞伎に行く筈だったのを忘れていました。私一人ならいいけれど、平賀さんと一緒だったのです。その腹癒せに……というよりも何だか逆上《のぼ》せて、今村さんと一緒に一夜過してやれという気になりました。
 もう私は、何にも外のことは考えたくありません。今村さんと、せめて、一夜だけの道行きをしたい、それだけです。淋しいのは、こうして今村さんと一緒に自動車にゆられています今、あの昔の遠い火がどこかへかすんでしまったことです。こんな筈ではなかったのですが……。いえそれよりも、あの時、私はなぜ今村さんに凡てを許してしまわなかった
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