っつくように腰を下した。そして一昨日のお詫びやら、珈琲をあつらえるやら、どこに行きましょうかと尋ねるかと思えば、海の見える室をとっておいて貰ってるとか、へんにそわそわして、小料理屋の主婦らしい態度に生娘らしい調子を交えていた。今村はただ簡単な返事をするきりで、先刻の焦躁の気はなくなり、心身ともにしいんと沈みこんだ様子だった。

     二

 自動車は京浜国道を走っている。波江は袂の下で今村の片手を執りながら、顔をそむけて、外の風物にぼんやり眼をやった。人家の燈火、行きちがう車馬、あとはただ暗い夜空だけだった。今村はじっと眼をつぶっているし、波江の眼はいつまでも見開かれて、外に向けられていた。その眼に、ちらちらと燈火のかげがさして、淋しく美しく、涙ぐんでさえいるように見える。俺も柄《がら》になくしんみりした気持になって、波江の心にちょっとふれてみたく、その心窩《みぞおち》を擽ってやったのである。すると――
 今晩は、外のことはみんな忘れて、あの時のことだけを、じっと考えていたいのです。そしてあの続きの夢としたいのです。丁度、お盆の十五日の晩、私達二人きりで、薄暗い海岸を歩いて、燈籠流
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