の一重下に蝋をでもぬりこんだようになっています。身体のしんまで疲れて、更に弾力がないでしょう。意図した通りじゃありませんか。そして異常な試みです。ここをつきぬけなければ、何もかも駄目ですよ。落着いてじっと時をお待ちなさい。始末におえなくなったら、また私がいい智恵をお貸ししますよ。何か胸の底からびくりびくりして、みっともないじゃありませんか。胸でもむかむかするんでしたら、ウイスキーか何か、一杯ぐっとやってごらんなさい。
おや、どうしたんです? 何をびっくりしてるんですか?……
――俺が饒舌ってるのをそっちのけにして、今村は顔をこわばらし眼を丸く見開いて、前方を見つめた。振り返ってみると、そこに、波江が立っていたのである。黒がちの縞お召の着物に、花をちらした白っぽい帯をしめ、小さな革のハンドバッグをかかえ、ベルベット紋模様のショールをひっかけ、いつもの通りほんの型ばかりの薄化粧の顔だが、それをへんに赧らめて、眼に興奮の色を帯びて、笑いかけたのを中途でやめ、つかつかと寄ってきた。
「ご免なさい、遅くなって……。お待ちになりましたの?」
じっと今村に眼をやったのは一瞬間で、すぐその側にく
前へ
次へ
全35ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング