ない間違いですよ。波江さんの肉体なんか、あなたが知った女のそれよりか美しいわけはありません。白粉のつきのわるいあの顔の皮膚から考えても、分るじゃありませんか。
あなたは自分の肉体をうっとりと眺め、それから硝子戸越しに、うすく霞んだ空の一隅を、眩しそうに眺めていましたね。あの時、何を考えていたんですか? ずいぶん長くたってから立ち上ると、両腕を伸したり曲げたり、体操のまねみたいなことをやり、二三度でぐったりして、また湯にはいり、頸筋を湯壺のふちにもたせて、仰向にぷかりと、死人のように浮いていました。お蔭で、あなたの身体は、すっかり脂気もぬけ、力もぬけて、骨までもくたくたになったようじゃありませんか。それもあなたの意図の一つだとすれば、よい思いつきでしたよ。
ただ一つ私の腑におちないのは、湯屋を出て少しぶらつき、髯を剃らせ、洋食屋で軽く食事をすますまで、あなたはのんびりと落着いていたのに、夜になると共に、苛ら立ったような風が出てきたことです。バーに立ち寄っても、すぐに出て来たじゃありませんか。何をいったいじれているんですか。まさか、後悔したというわけじゃありますまい。あなたの顔は、表皮
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