ど、じっと聴いていることは、可なり苦痛だ。時々ノートをとったり、いたずら書きをしたり、講義とは別なことを考えたり、指の関節を鳴らしたりするのだが、退屈さに変りはない。如何に博識達見の教授でも、いつもいつも面白い話ばかり出来得るものではないし、だいたい大学の講義なるものは、威厳をつくろいながらも洒脱な歩みをすることにきまってるものらしく、その歩調が往々にしてしどろもどろに乱れると、不思議なことには、教授はわざと快心の笑みを浮べるし、学生たちは阿諛的な笑顔を作るのである。その中にあって、おれは方便としても神妙な態度を装わなければならない。ずいぶん疲れるし、食慾が減る。
 だから、学校に行く日は、今のところ木曜日だが、帰りに喫茶店へ寄ることにしていた。午食をぬいて、ケーキとコーヒーを取り、気分を引立てるため、コーヒーにウイスキーを注いだ。このウイスキーは、マダムに特別に頼んでおいたもので、おれの顔に対するサーヴィスなのである。
 この喫茶店では、クラスの学生たちにしばしば逢った。戸川もその一人だ。然しおれは、マダムにおれが預けてることになってるウイスキーを、彼等に公開はしなかった。おれはそれ
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