て好都合だ、誰とも余り口を利かず、教室では、なるべく中央近く、教授の眼につき易いところに席を占めた。一週に一回、二単位の講義だけを聴きに出て来るのだ。何か不利な事件があって、おれの出席率の甚だ悪いことが教授会の話題に上っても、平素、一二の教授の眼にとまっておれば、必ず弁護して貰えるものだと、おれは或る人から聞いたことがある。その上、おれは常に公明正大なのだ。聴講した二単位の科目しか決して受験しない。然し受験するからには、優秀な答案を出す。特別な研究とか実験とかのない文科系統では、それぐらいなことは、おれの能力を以てすれば容易だ。学務課の人に内々聞いてみたら、おれの受験成績はだいたい九十点前後、つまり優秀だった。ざまあ見ろ。但し、卒業はなるべく長引かせるに限る。いつどんな変動が世の中に起るか分らないし、大学生ということは一種の身分保証となる。
これが、おれの胸中の秘策だった。秘策というほどのものではないが、素知らぬ顔をしてそれを実行するのが、即ち秘策なのだ。理屈では分っても、実行し得る者は、見渡したところ仲間のうちにはまず無い。
とは言え、一週一回にせよ、二単位の講義、ざっと三時間ほ
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