失われた半身
豊島与志雄

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 独りでコーヒーをすすっていると、戸川がはいって来て、ちょっと照れたような笑顔をし、おれと向き合って席についた。
「やはり……いつもの通りだね。」
「うむ、習慣みたいなものさ。」
「習慣……、」戸川はなにか途惑ったようで、「然し、一週に一回の習慣というのが、あるかなあ。」
「年に一回のだって、あるからね。正月だとか、盂蘭盆だとか……。」
「そりゃあ、初めから年一回ときまってるんだが、君のは……。」
 戸川のところにコーヒーが来ると、おれは、マダムに耳打ちしてウイスキーを二杯求めた。一杯を戸川のコーヒーに入れてやった。この蒼白い勉強家に、ちょっぴり敬意を表したかったのだ。
 習慣、というのは口から出まかせで、真実のところは、話したって恐らく戸川なんかには理解出来まい。
 おれは外地の戦場から戻ってきて、再び大学生となった。郷里
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