き、庭に出で、木戸から外へ忍び出た。栄子は酔いくたびれて眠っており、家の人々も眠っており、どこの家も眠っていた。おれ一人眼をさましたのが不思議だ。冷たい小雨が降っていた。
 雨の中を歩きながら、おれは一生懸命に考えていた。何を考えたのか自分でも知らない。突然、頭の中にぼーっと明りがさしたような気持ちでおれは駭然として立ち止った。
 栄子殺害の計画を、おれは考えていたのだ。然しどうも、おれ自身が考えていたのではなく、他の、何物かが考えていたらしく思える。何物なのか。焼酎の酔いと同じような、ヒロイズムの残滓か。いや、そんなけちなものではない。とてつもなく大きなものだ。
 頭の中の明るみが、ぱっと燃えだして、大きな焔を立て、すぐに燃えつきて、真暗になった。何も見えなかった。おれはまた歩きだした。躓き躓き歩いた。
 体も神経も精神も、ひどく疲れきってる感じだ。何か、ちょっとした一角が、崩れかけてるようだ。それは重大なことで、もしその一角が崩れれば、全部が危殆に頻する。おれの生活全体が、おれの思想全体が、がらがらと崩壊するかも知れない。しっかり持ちこたえなければならなかった。然し、どうしたらいい
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