こともございますまい。」
三上夫人はそう言って、なにかほかのことに思いを走せてる様子だった。
その時、松永夫人は、亡くなった田代清子のことを持ち出したのである。田代清子、三上家での呼名の清さんを、松永夫人は度々の来訪によってよく知っていた。いい女中さんねと、いつも言っていた。彼女は声をひそめた。
「あのひと、ほんとうにどうしたんでしょうねえ。」
「それが、わたくしにも今もって、よく腑におちないんですの。」
何気ない言葉のやりとりから、遂に三上夫人は、一切のことを打ち明けてしまった。
以下は、三上夫人の話である。もとより、松永夫人との対話であって、こういう親しい夫人同志の対話は、ずいぶん機微にふれる露骨なこともあるが、また、肝腎な点を素通りしてしまうこともある。その対話を、三上夫人の話、というよりは寧ろ告白という形に、まとめてみたのである。
ああいうことになって、ほんとに惜しいことを致しました。いいえ、わたくしどもにとってではございません。あのひと自身のことを申すのです。
御存じの通りの娘で、顔立も可愛く、こぎれいで、いつもにこにこして、よく働いてくれますので、わたくしも
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