閉めた雨戸に寄り添い、胸に両手をあて、西空に流れる赤い千切れ雲を眺めているのです。雲の色の反映か、全身が赤っぽい靄に包まれてるようで、そして薄らいで見えました。何を考えてるのでしょうか、または無心なのでしょうか、いつまでも動きません。
 わたくしは庭から、清さんの様子を窺いながら、これまで、仕事の中途で休むなどということを清さんは一度もしなかったのに……とふと思いついて、へんな気持ちになり、そっと家の中にはいりました。
 その時の印象が、今もはっきり残っております。けれども、わたくしは清さんを長く見守ることは出来ませんでした。幾日もたたないうちに、吹雪の夜がやって来、それからあの変事です。
 わたくしは、清さんがあの崖から過って滑り落ちたのだとは、なんだか信じられません。それかといって、自殺の覚悟だったとも、信じられません。清さんは吹雪の夜、ちょっとした用で外に出かけ、途中で何かの幻想に溺れて、ふらふらと雪の吹き溜りの方へ踏み込んでゆき、不用心のあまり凍死するようなことになった、そのように想像しますのは、年甲斐もなく甘いロマンチックな気持ちでしょうか。凍死というものは、或る一点をすぎる
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