と、うっとりとした快いものだそうではございませんか。
 わたくしどもにも罪があるような気が致します。それはそれとしまして、清さんも変ったひとでした。物事をはきはき言う代りに、中心の肝要なことはすべてぼかしてしまったのですもの。肝要なこととそうでないこととの、区別がつかなかったかとさえ思われます。それからまた、嘗て恋人がほんとにあったとしますれば、その恋人への思慕、雪中登山の書物、それとはまた別種の、仏教の雰囲気、旦那さまという古めかしい観念、また別に、穢れを知らぬ素直な気質、孤独への趣味、数え立てればいくらもありますが、それらのものが、一つの精神の中にどうして同居することが出来たのでしょうか。頭のよい子だったと申しましたが、考えてみれば、全体の統一はなかったようです。このようなのが、この節の若い娘の常態でございましょうか。わたくしにはさっぱり訳が分りかねます。
 あのひとの遺骨が、むっつりした兄さんに抱かれて、郷里へ帰ります折、わたくしの心にふっと、伝統の色の濃い陰気な農家が浮んできました。と同時に、ひどく淋しい悲しい気が致しました。いえ、わたくしのためにではありません。あのひとのため
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