つまらないことは飛ばしまして、わたくしに深い印象が残ってることが一つあります。夕方、庭になにか用があって出ていました時、ふと見上げると、二階の縁側に清さんが佇んでいました。雨戸を閉めに行ったのでしょうか、半分ばかり閉めて、その端に寄り添うような風で、そして胸に両手をあて、じっと立っているのです。もう陽は沈んでいましたが、その残照を受けてる赤い雲が、千切れ千切れに、ゆるやかに西空に流れていました。その雲を眺めながら、清さんはじっと佇んでいます。
 その時清さんは、和服を着ていました。宅へ来ました時から、洋服しか持っていませんでしたので、年の暮に、わたくしは、実家の末の妹の、もう派手すぎるという和服のお古を一揃い、貰って来まして、清さんに与えたのでした。赤い椿の花を大きく散らした銘仙のついの着物と羽織、真赤なメリンスの帯。それを清さんはたいへん嬉しがって、お正月から着初めました。袖丈なども丁度合っていました。けれど、帯は自分で締められず、近さんに締めて貰うのですから、いつでも着てるというわけではなく、洋服とちゃんぽんに用いていたのです。
 その和服を着て、清さんは、二階の縁側の半分ほど
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