た。
あとで近さんに聞きましたところでは、清さんは時折、眠られないことがあって、催眠剤を用いていたらしゅうございます。あの吹雪の晩、ほんとうに買物があったとしますれば、それはたぶん催眠剤ではなかったろうかと、なぜかそのような気が致します。
それから或る時、清さんと近さんとのおかしな会話を、わたくしは耳に入れたことがあります。近さんはその日、外で、聾唖者同志の対話を見て来たらしく、たぶんその真似でもして、感心しているようでした。
「そんなの、ばかげてるわ。」と清さんが言いました。
「だってあんた、指先で話が出来るようになるまでには、たいへんな苦労でしょう。」と近さんが言いました。
「だから、ばかげてると言うのよ。あたしだったら、そんなばかな勉強はしない。」
「でも、つんぼで、おしなのよ。」
「結構じゃないの。なまじっか、耳が聞えたり口が利けたりするよりか、その方が幸福だわ。」
「まあ、へんてこな幸福。」
「あたし、ほんとは、この耳や口をつぶしてしまいたいと思うことがあるの。」
「変り者ね。」
「あんたこそ変り者よ。」
議論してるのかと思うと、そこで、二人とも笑いだしてしまいました。
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