せんでしたが、たぶん、この封筒のことだったのでしょう。
 杉山さんというのは、あなたも御存じの杉山隆吉さんで、宅の主人と同じ政党に関係なすってるかた、まだ議員候補にお立ちなすったことはありませんが、お年のわりには才能手腕とも優れていらして、将来を嘱目されているとか聞いております。でもわたくしとしましては、あの我武者羅な押しの強い人柄を、あまり好きではございません。
 清さんは黙って俯向いていて、容易に事情を打ち明けようとしませんでしたが、やがて、決心したように言い出しました。そうなりますと、実にはっきりしております。
 前夜、みんなやすんでしまった後、清さんは自分の室で、寝床も敷かず、着物も着換えず、電燈をあかあかとつけたまま、書物を読んでいたそうです。
 ちょっとお断りしておきますが、宅では、女中部屋は三畳で狭いものですから、そこには近さんだけ寝かすことにしまして、書生部屋の四畳半が空いてるものですから、そこを清さんの部屋にしてやっておりました。
 その自分の部屋で、清さんは寝仕度もせず、夜更けまで書物を読んでおりました。すると、何時頃だか分りませんが、夜中に、奥の便所へ誰かが行き、
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