朝、泊りのお客も帰られてから、わたくし一人のところへ、あの子が、清さんが、やって来まして、奥さま、と言ったきり、蒼ざめた真剣な顔を俯向けています。
 なにかただごとでない気配ですから、わたくしは、黙ってあとを待ちました。清さんはちらとわたくしの顔を仰ぎ見て、懐から真白な角封筒を取り出しました。
「奥さま、杉山さまがさきほど、これをわたくしに無理やりおしつけなさいましたが、お返しするひまがございませんでした。わたくし、いやでございますから、奥さまから、お返しして下さいませんでしょうか。」
 封筒は無封のままでしたから、中をあらためてみますと、千円紙幣が三枚はいってるきりで、ほかには何にもありません。
「これ、どうしたんですの。」
 酒を飲んだり泊ったりして手数をかけたための心附けとしては、あまりに多すぎる金額でした。わたくしは気持ちにいやな陰がさして、眉をしかめました。
 その時思い出しましたが、洗面所の隅で、杉山さんが清さんをつかまえて、手を大きく打ち振りながら、何か言っていらっしゃるところを、ちらと見たことがあります。つまらないことで清さんをからかってるのだとばかり思って、気にもしま
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