て貯金が千円余りになってることを、そっと打明けられた時、島村の妻君は少なからず驚かされたのだった。
 おしげは、死ぬ三日前に、みち子から電話で呼ばれて半日隙をもらって出かけていった。帰ってくると、何かじっと考えこんで、も一人の女中にもろくに口を利かなかった。それから中一日おいて、晩に、またみち子のところへ出かけていった。そしてその翌朝は、もう死体になっていたのである。その前夜の様子を、島村の妻君はくわしく若い女中から聞いた。
 島村の妻君は、病身なので、大抵九時頃には床につくのだったが、その晩は、島村も早く寝てしまった。その後に、おしげは帰ってきた。
 奥は皆さんおやすみになったというのを聞いて、おしげは一本欠けてる歯並を見せて、にやりとした。その笑いが、変に凄みをおびて見えたが、すぐに、いつもの善良な笑顔に返って、風呂敷包を開いてみせた。きんとんや蓮や蝦や肴などの煮物の折詰と、酒の二合瓶がはいっていた。これまでに嘗てないことなので、女中がびっくりしていると、今日は特別にないしょだよとおしげは云って、笑っていた。その様子がまた嘗て見ないほど上機嫌だった。内心に何か感情の昂《たか》ぶりが
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