死の前後
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)生々《いきいき》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)小説3[#「3」はローマ数字、1−13−23]
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 その朝、女中はいつもより遅く眼をさまして、本能的に遅いのを知ると、あわててとび起きた。いつもは、側にねているおしげが、眼ざまし時計のように正確に起上って、彼女を呼びさますのだったが、そのおしげの床が空っぽだった。それだけのことに彼女は変に心打たれ、いちどにはっきり眼をさまし、急いで寝間着を着かえ、帯を結びながら台所へやっていった。電気をつけると、そこの……旧式の台所で、板敷のところから一段ひくくなってる洗い場の前の置板の上に、おしげが、白い浴衣地の寝間着のまま横倒しに蹲っていた。「まあ……。」つかつかと歩みよって、ばあやさん……と言葉は喉の奥だけで、肩に手をかけた、とたんに、彼女ははっと、身を退いた。そしてまた覗きこんで、両手でゆさぶった時、おしげの身体は凍りついた枯木同様だった。
 声を
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