あって、それが上機嫌となって発散してるかのようだった。その上、少し酒を飲んできているらしかった。彼女はいやに頭を小刻みに揺り動かしながら台所に立っていって、二合瓶をそのままお燗してきた。どうかすると銚子の底に残ってる酒を一二杯のむことはあったが、自分で酒を買ってきて内緒で飲むということは、まだ一度もなかったのである。
「これは、あの娘《こ》がくれたんです。あんたなんかがまねしてはいけませんよ。いいですか。」
 睥むようにそう云って、そして彼女は笑った。それから折詰の物をつっつき、酒をのみはじめ、女中にもすすめた。だが無理には強いなかった。若いうちは酒をのまない方がよいとも云った。そしてふいに思いだしたように、奥に御挨拶をしてきたいがお起ししては悪いかしらとも云った。同じことを何度もくり返し云ったり、矛盾したことを云ったりした。そのうちに、ふいに涙ぐんで、その涙に誘われて泣きだした。泣きながら笑った。泣くのが嬉しく、笑うのが悲しい、そういう調子になっていった。うすい少い髪の毛が、色艶を失ってぱさぱさで、そのくせ、皺よった厚ぼったい顔の皮膚が、ぼーっと上気《じょうき》していた。
「あの娘ほ
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