考えてみると、島村は妻が病死していたし、思想感情にもだいぶ変化を来していた。然し坪井の方が、あの当時とはよほど変っているようだった……というよりも、内的ないろんなものが力強く生長しているようだった。彼は饒舌ではなかったが、ぽつりぽつりと短い言葉でいろんなことを話した。――上海からの手紙のことは真実で、あの時持ち逃げした金の残りで、一寸公言をはばかる非合法な仕事をやって、まあ相当の財産が出来たので、東京へ舞戻ったのだった。これから何をするかは、まだ考慮中だった。あの時上海へ行って内地からの新聞を注意していたが、依田賢造が事件をあのままに葬ったのは、賢明な処置と云うべきだそうだった。然しあのような男にはもう用はないのだった。あの当時はいろいろばかなことを考えたもので、それも「人工に対する自然の反逆の癲癇的発作」のせいだったらしい。――そして彼はその「発作」についてくわしく説明をして、只今では、それを利用する方法を知ってると云うのだった。
「今でも起るんですか。」
「どうかすると、起りそうです。」
島村は安らかな微笑を浮べた。そしてそんな話から、島村も彼の梟の眼付に親しみを覚えて、蔦子の話
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