至って落付払って、慴えてる様子などは少しもなかった。――こうした犯罪はこのように冷静に行われることが多い。
坪井は長崎から上海に渡った。
それから七年たって、島村陽一は、突然、坪井宏の訪問を受けた。おしげの生前の生活の有様をききにだしぬけに訪れてきたことのあるその不思議な男のことを、そして真偽不明な犯罪の告白を上海から書いてよこしたその男のことを、島村はもう忘れていた。がとにかく逢ってみると、骨格の逞ましい眉宇の[#「眉宇の」は底本では「眉字の」]精悍な四十年配の男だった。彼は装わない磊落な親しみを示した。その眼が変に人の心を惹くものを持っていて、梟の眼付を[#「眼付を」は底本では「着付を」]思わせた。島村は思いだした。
「ああ、君でしたか……。」
「お忘れでしたか、はははは。」
力強いが然し感情の空疎な笑いかただった。そして彼はなつかしそうに島村の顔を眺めるのだった。その無遠慮なほど卒直な視線に、島村はちょっと眼を合せかねる心地がした。
「こちらに帰ってきて、急にお逢いしたくなったものですから、ぶしつけに伺ったのですが、皆さんお変りもありませんか。」
「ええ、まあ……。」
前へ
次へ
全36ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング