などを持ちだした。これから旧跡を訪れてみないかと誘ってみた。
「そうですね、あなたさえよろしかったら……。」
もう蔦子のことなんかは気にもとめていない様子だった。島村にしても、あれきり蔦子のことなんか忘れてしまっているのが、ふしぎなほどだった。
二人は出かけた。丁度島村は、その土地に長く出てる静葉というのと懇意だったので、それを呼んで、蔦子のことを尋ねてみた。よく聞きただすと、蔦子というのがいるにはいたが、それは別人で、先の蔦子はもう数年前にやめて、只今はどうしてるか分らないらしかった。
「それでは、こんどの蔦子を呼んでみますか。」
「いや、よしましょう。」
坪井は言下に答えた。そして島村と静葉との様子をしきりに見比べていたが、ふいに、島村をどうして好きになったかと、静葉にたずねかけた。静葉がただ笑ってると、坪井は、自分が島村を好く理由を話しだした。――まだあの事件以前のこと、彼は島村の彫刻を見たことがあった。その中に、女の胸像が一つあって、少しグロテスクだが、人間的な審美感をぬきにした物質的な動物的な肉体そのものの温みがよく出ていた。島村にもそういう嗜好があるらしい。その頃から
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