念を押した。蔦子は眼を丸くした。これからよい旦那をみつけて、おばさんにも楽をさしてあげると、なだめるように誓った。おしげは深く溜息をついていた……。
 そうした翌日の晩、坪井がお金をこさえてきて、二人でのんびり飲みくらして、翌朝正午頃までも、ぼんやり顔を見合せたのだから、思いだすと、蔦子はおかしくてたまらなかった。
 彼女は坪井の顔を眺めながら、自分はほんとにこの人を好きなのだろうかと考えてみた。髪の毛のこわい、色の浅黒い、がっしりした体格で、濃い眉の下に、眼がくるくるっと太く丸く見えるのが特長だった。それを見てると、彼女は梟の眼を思いだした。
「ねえ、坪井さんと情死《しんじゅう》したら、あたしたちのこと、新聞に出るでしょうか。」
「そりゃあ、一応は出るだろうよ。」
 それだけで、坪井もぼんやりしていた。第一、情死だとかいっしょになるとか、愛の誓いだとか、そんなこととは凡そ縁の遠い二人の関係だった。それでも深い仲で、無理をしいしい逢い続けて、馴れない家の二階に追いつめられてる身の上だった。それにまた、蔦子の方はもとより、坪井の方も、性的の強い慾望もないのだった。坪井は珍らしそうに、蔦子
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