なければいけないとも云った。わたしはお前一人が頼りだとも云った。
「ほんとにいいのよ。」と蔦子は云った。「ただちょっと……大連にでも行ってみようかと、そんなこと考えたことがあったけれど……。」
「え、大連に……とんでもない……。どうしてまたそんなことを……。」
 おしげが余りびっくりしたので、蔦子はへんにしみじみとした気持になって、この土地ではいろいろ働きにくいことを話しはじめた。むすめさんだとか、おしゃくから出てるひとだとか、よい看板の家から長年出てるひとだとか、そうした区別がやかましいことなどを述べた。おしげの方では、大連という土地が、まるで地獄のように遠いひどい処だと云いたてた。そんなことから、蔦子は、坪井のことやその結果の不始末のことなどを、つい話してしまった。おしげの顔はひどく曇った。
「その人と、いっしょになるつもりですか。」
「いいえ、おばさん、そんなんじゃないのよ。すっかり切れてしまうつもりだけれど、さしあたって、お出先への不義理を片附けなければならないから、それで困ってるのよ。あたしがばかだったの……。」
 それでもおしげは、ほんとにその人とは別れるつもりかと、何度も
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