さなっていった。それがお互の気持を煽って、屡々逢わずにはいられなくなったのだった。そうなっても、不思議なことには、本当の愛が二人の心を繋いでるかどうか疑問だったし、それかといって、別れてしまうことが出来るかどうかも疑問だった。
寒いからっ風の強い晩、十時すぎ、蔦子はもう可なり酔って、お座敷から帰りかけた。その時、そこの電車通りの、さほど明るくない絵葉書やの前に、マントの男が、首を傾《かし》げたまま棒のように立っていた。蔦子はつかつかと歩みよって、黙って肩をならべた。いつまでも男がじっとしているので、彼女はじれったくなって声をかけた。
「坪井さん……。」
振向いた坪井の顔には、淋しい苦笑が浮んでいた。
「いつまで、何をしていらしたの。あたしが分ってたくせに……。」
「うむ……考えていたんだ。」
二人は一寸顔を見合ったが、蔦子はいきなり彼を引張って歩きだした。
「いいわ、あたしに任しといて頂戴。」
狭い通りにはいっていって、蔦子の知ってる初めての家に上りこんだ。そういう時のいつもの癖で、坪井は何だか落付がなく不機嫌だった。何かと嫌味を云ったり、わざと冷淡な調子を見せた。蔦子もそれを
前へ
次へ
全36ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング