つまりやくざで放埓なばかりでなく、それと同時に訳の分らない人間のタイプ――尤も、同じ訳の分らない連中でも自分の財産に関する細々した事務を巧みに処理することが出来て、しかも、それだけが身上かと思われるような類いの人間であった。……

 以上、簡単に引用したのであるが、いずれも大作のことであるから、実は少くとも二三頁は引用しなければ充分ではあるまい。然しこの数行によっても、大体のことは分る。つまりこのような書き出しをしたのは、作者がいきなり物語のなかに飛びこんでしまったことを示すものである。物語というのが悪ければ、事柄と云おう。或る距離に身を置いて事柄を徐々に展開して見せるのではなく、事柄の中に飛びこんでしまったのである。――これがドストエーフスキーの作品の基調をなす。彼の多くの作品が集約的に構成されてること、その事件が陰惨なこと、その人物が異常なこと、その心理の錯綜葛藤が深く激しいこと、それらの渦巻や突風の奥に一点の神秘な火が燃えてること、其他いろいろのことが指摘されている。ところで、そういう性質の事柄が作者をして事柄のなかに一挙に身を投じさしたのであろうか。或は、作者が事柄のなかに一挙
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