ら始めようというのである。この身の上話は、一篇の物語の序言がわりのようなもので、わたしの伝えようと思っている本当の事件は、ずっと先の方にあるのだ。
ぶっつけに言って了おう。スチェパン氏はいつもわたしの仲間で、一種特別な、公民的とも言うべき役廻りを勤めていたが、またその役廻りが大好きだった――それどころではない、わたしなぞの目からは、それがなくては生きてゆかれないように、思われたほどである。……
「カラマーゾフの兄弟」――
アレクセイ・フョードロウィッチ・カラマーゾフは、その郡の地主フョードル・パーヴロウィッチ・カラマーゾフの三男で、父のフョードルは、今からちょうど三年前に悲劇的な陰惨な最後を遂げたために、その頃(いや、今でもやはりこちらでは時おり噂にのぼる)非常に評判の高かった人物であるが、この事件についてはいずれ然るべきところにおいてお話することとしよう。ここでは単にこの「地主が」(当地では彼のことをこう呼んでいたが、その実、彼は一生涯ほとんど自分の持村で暮したことがなかった)かなりちょいちょい見受けるには見受けるが、一風変った型の人間であった、というだけにとどめておこう。
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