のである。最初の二作のものは、一種のエピローグの最後であるが、エピローグを付けたことに注意を要するし、「悪霊」のものは、明確な意識を以て為されたということに注意したい。
 さて、あれほど陰惨な物語の最後に、右のような数行が、或はその他の数頁が書かれたのである。――一体、小説の結末というものは演劇の幕切れとは異なり、まして映画の結末とは異って、さほど光明を与えなくてもよいものであり、人を安堵させなくてもよいものである。悲惨な気分のうちに読者を放置した小説も多い。然し茲ではそういうことは論外としよう。
 論旨は、作者自身の呼吸に在る。作品全体の詳細な解釈をすることをやめて、以上の不備な引用の延長線上に於て、直ちに云えば、作者は最後にほっと吐息をしているのである。
 そしてもうこの吐息については、肉体的なものであると共に、より多く精神的なものであると云って差支えない。巨大な苦渋陰惨なものを持ちこたえてきて、今や、その奥にともっていた一点の火を、或は顧りみ或は打仰いだという感じである。その感じを体得するには、これまで持ちこたえてくることが必須条件だった。そしてかかる吐息のなかにこそ、希望が、夢
前へ 次へ
全14ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング