の上で、名刺に簡単な文句を書きつけて、李に渡した。

       二

 李永泰は矢杉の名刺紹介で、吉村を訪れて来た。別に文学や文章に関する問題を提出するでもなく、ありふれた雑談だけで、而も多くは、吉村から聞かれるままに朝鮮の話などをし、一時間ばかりで帰っていった。ただ漠然たる興味で、吉村という存在を眺めただけのようだった。
 それから時々、彼は吉村を訪れて来た。仕事中だと、不服らしい眼色もせず、にこにこして帰っていった。隙な時には、一時間ばかり雑談していった。そして如何なる雑談の折にも、彼がはっきりした断定の言葉を吐露するのを、吉村は見落さず、次第に好感がもてるようになった。
 二ヶ月ばかりたった頃であったろうか、彼は数枚の原稿を持って来た。吉村はその短いものを、彼の前で読んでみようとした。
「お預けしておきます。あとで読んでみて下さい。」と李は云った。
 その言葉が、平素の李には不似合なので、吉村は却って好奇心を起した。
 李の原稿というのは、小説とも小品ともつかないもので、筆致にも精粗のむらがあり、文章にも所々怪しいところがあったが、大体次のようなものである。――尤も、茲に掲出
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