んな盃でも受ける。だが、息子の名前の出た盃は受けません。親父だけならいつでも受けるが……。」
「これはおかしい。」と「とりうち」もへんに意気ごんできた。
「親父は息子あっての親父で、息子は親父あっての息子だ、息子なしの親父なんて、そんな半端なことはない。」
「ところがある。」
 と怒鳴るように云って、彼は「とりうち」の腕を捉えた。
「わたしは、こんなところに、こんな飲んだくれの間に、決して息子を引入れやしない。心に誓ってるんだ。分りますか。分るでしょう。ここに来るのは、わたし一人だ。こないだは、急に死人があったんで、息子が来たが……。後でわたしは叱ってやった。あやまっていたっけ……。正直な若者だ。それに親孝行だ。これからはもう決して、こんなところに足踏みはさせない。これまで生きてきたお蔭で、わたしにも相当世の中のことが分ってきた。恐ろしいのは習慣というやつです。」
 そうなると、一座は黙りこんでしいんとなった。それがなお彼の饒舌を煽った。酔っ払いの早口と飛躍的な連想とで卓子を打叩かんばかりの勢だった。その後の議論を、茲に要約すれば――。
 世の中の害悪はただ習慣だけだ。習慣だけが人をず
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