お強調された。
常連のなかに、三十六七歳の独身者がいた。自分では独身主義だと云っているが、実は主義というほどのものではなく、生活的なあらゆる事柄に対して卑怯で、放蕩と飲酒とのうちに身をもちくずしてる男だった。いつも旧式な鳥打帽をかぶってるので「とりうち」として通っていた。
その「とりうち」が、或る時「おやじ」と落合って、いい加減に酔が廻った頃、いやに丁寧な様子で「おやじ」に盃をさした。
「あなたに、ああいう立派な息子さんがあろうとは意外でした。仕合せですなあ。ひとつ受けて下さい。息子さんと……親父さんとの、健康を祝して……。」
「おやじ」はぎろりと眼を光らしたが、その反応が自分の胸にきたらしく、それをごまかすかのようにやけに手を振って、これも丁寧に云った。
「いや、そいつあ、まあ……どうか……。」
そしてぷつりと云った。
「止しましょう。」
「なぜですか。」と「とりうち」は問いつめた。
その時の「おやじ」の様子はおかしかった。「とりうち」に答え返すつもりか、また独語か、何やら口の中でぶつぶつ云っていたが、ひょいと手の甲で眼をこすって、それからじっと相手を見つめた。
「わたしはど
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