人相といい言葉の調子といい、たしかに本当の息子らしかった。
「それにしても、ばかに早く子供を拵えたもんだな。」
 首を傾げて、看板書きの画工が、さも感心したように大声で云ったので、連れの浮浪青年が笑いだした。
「何もおかしいこたあねえ。」
 笑い声におっかぶせて、これも常連の、印半纒の男が、自信ある調子で云いだした。
「誰だって、遅かれ早かれ、一度は親父になるんだ。俺だって親父だよ。もっとも、まだちっちゃな奴の親父だが……。」
 浮浪青年はまた笑った。
「おやじに……おやじに……おやじか……。」
 親父ということが、どうして急に可笑しなものとなったのか、誰にも分りはしない。一合二十銭の安酒のせいか、バットの煙のせいか、言葉の調子のせいか、いずれ、ほんの僅かなそして微妙なきっかけだ。それで可笑しくなって、陽気になった。印半纒自身も笑いだして、青年に盃を差しつけた。
「小僧さん、飲めよ。」
「親父さん、飲めよ。」
 だがそれはもう、印半纒と浮浪ではなくて、彼等のそして皆の肚の中では、そこにいない彼とその息子とのことだった。
 そうして彼は「おやじ」になったのだが、変なことから、その綽名がな
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