とだけしか感じなかったが、今になっていろいろ考えてみると、父に同情したくなってくる。長年やり続けてきた労働を突然奪い取られてしまい、古釘なんか叩いて僅かに生理的なごまかしをつけ、その上、もう世の中に用がないという気持から、酒にばかり浸っていたところへ、何かの機会から若い女の肉体に心惹かれてゆく……。そこにはどうにもならないものがあったらしい。その上父は、元気こそ衰えていたが身体はまだ丈夫だった。私は父の心の動き方の特殊な点を考えては、父にも仕事さえあったら……とそう思わざるを得ない。寺田さんの云い草ではないが、人間には死ぬまで仕事を与えるがよいのだ。仕事を奪うことは残酷であり罪悪である。
 それにしても、私は父の執拗な眼付をこまかく見て取ったことに、一種の羞恥を感ずる。私がもしお清に対して全然性的無関心でいたら、ああまで深く父の眼付が私の心に刻みこまれはしなかったろう。
 私はただ胸をどきつかせてばかりいた。漠然とした不安と恐れとに押っ被されて、出来るだけ身を隠しながら見てるより外に仕方がなかった。
 お三代はひどく低能だった。その代りひどくおとなしかった。そして皆から無視されがちだっ
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