注意を避けるためだったろうが、酒は外から買われていた。それが俄に殖えていった。母がいくら云っても父はきかなかった。しまいには焼酎が買われるようになった。
 焼酎を沢山飲んだことが、父の頭にはいけなかったらしい。眼瞼がたるんで、眼付が据ってきた。
 お新が感冒の心地でカフェーを休んでると、或る日お清は、午過ぎからどこかへ出かけて、晩遅くなって戻って来た。そして、殆んど毎朝寄ってるくせに、大きな果物籠を下げてわざわざ見舞に来た。いい御馳走を食べたか酒でも飲んだかして、ぽーっと上気していた。
 父は焼酎に酔っ払っていた。がお清が来ると炬燵から起き上って坐った。
 お新は感冒と云っても大したことではなかった。
 母はお清の見舞物に恐縮していた。そして皆で一時間ばかり話をした。ただ取留めもない世間話だった。お清は愉快そうに一人ではしゃいでいた。混血児顔を消してしまうあどけない笑いが、始終口元に浮んでいた。
 父は酔ってただぼんやり坐ってるだけというように見えた。然しその眼は時々、いつぞや私が裏口で隙見した時と同じような鋭さになって、お清の顔や手足や胴体など、どこといわず落ちたところに、ぴったりく
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