。そこに、一二尺のところに、お清がしゃがんでいた。そして、冷たい感じのする頬辺をして、釘箱の中をかき廻しながら、この釘は本当に真直だとか、これはまだ少し曲ってるとか云っていた。父も口の中で何とか答えをしていた。その二人の言葉は、心がまるで別なところにあるような調子に見えた。そのうちにお新が出ていった。お清は立上って、高慢ちきにつんと空を仰いだ。それが彼女の混血児顔にふさわしかった。さも何かを――父を――軽蔑しきってるような様子だった。
私は流し場で筆を洗う風をしながら、障子戸の破け穴から隙見していたが、父が一寸振向いたのでぎくりとした。父のその眼付では、何でも素通しに見透されるような気がした。
そういう時の父と、平素のぼんやりしてる時の父とが、別々のものとなって頭に映るのが、殊に私は不安だった。大きな鉄の扉をでも見るようだった。平素一方を向いてるかと思うと、ぎいーっと音を立てながら他方へ向いてしまう。もう何の余裕もなかった。
父の酒の量は俄に増していった。朝から酔っ払ってることが多かった。縁の下の酒甕だけでは間に合わなかった。外から買われることが多くなった。勿論それ迄だって、人の
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