ない、とも云った。誰にそそのかされて行ったのか、とも云った。金はどこから持ち出したのか、盗んだのか、とも云った。嘘をついて瞞かしたんだから、初めから何か目論見があったに違いない、とも云った。隠し立てをして云わないようなら、外に逐い出してしまう、交番につき出してしまう、とも云った。皆がどんなに苦労してるか分ってるか、とも云った。そして、父が長年造兵に出て苦労したものも、兄がよそに奉公してるのも、上の姉が辛い勤めをしてるのも、次の姉がカフェーなんかに出てるのも、母が眼の悪いのもいとわず竹楊子の内職をしてるのも、みんな私のためだそうだった。――が私は茲に母の揚足をとるつもりではない。後で分ったことだが、母が日歩の金なんかを内々廻すようになったのも、私が少し学校が出来るものだから、私だけには立派に学問をさせたいという腹もあったらしい。
私は寝間着一枚で震えていた。母に殴られた頭や頸筋が痛むのを心で見つめていた。そして、カフェーへはただ行きたかったから行ってみた、金は自分で持っていた、とそう簡単に答えたきり、何を云われようと黙りこくっていた。
姉も母に代っていろんなことを云った。それからまた
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