一つ不安なのは、皆が赤の他人で而も互に識り合いだという変な矛盾した感じだった。
痩せたハイカラな男とお清が暫く話をして私の方へやって来た時、私は尋ねた。
「もう帰ってもいい。」
「ええ、いいわ。こんどまたいらっしゃい。」
そして彼女は私の方へ屈みこんで、一円だけ置いてゆくように云って、つと身を退いた。私は立上って、わざと様子ぶって五十銭玉を二つ卓子の上に置いた。そしてぷいと飛び出してやった。
ぞーっと寒けがした。街路が薄暗く思えた。私はぶつぶつと唾を吐いた。形態《えたい》の知れない反抗心が湧き起ってきた。前に考えたことがみなひっくり返ってしまい、皆から馬鹿にされ、恥しい目に逢った、とそんな気がした。
寒い北風を真正面に受けながら、戸崎町の自分の家まで歩いて帰った。
母から何やかや問いかけられても、碌に返辞もしないで、布団を被って寝てしまった。
父は酒に酔っ払って炬燵で居眠りをしていた。お三代がその傍で千代紙を折っていた。
私はひどく疲れていた。背骨まで、ぐにゃぐにゃになってるような気がした。熱に浮かされたような心地で、眠っていった。
ところが、それからが大変だった。
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