って来た。
「早くお帰りよ。」
 それだけ小声で云って、睥みつけもしないで、澄した顔で二階に上っていった。
 いつものお新とはまるで違った感じを私は受けた。姉でも何でもない他人のような気がした。私の方でも意趣晴しなどということをすっかり忘れていた。
 その後お新はも一度二階から降りて来た。然し往きも戻りも、私の方へちらちらと眼をやったきりで、何とも思っていない様子だった。私の方では、姉の立派な姿に感心さえした。
 珈琲もお菓子も無くなると、お清は大きなコップに麦稈のついてるやつを持って来てくれた。口の中ですーっと消えて無くなるような飲物だった。
 私は皆から観察されながら、こちらでも皆の方を観察してやった。女給は大抵お清より年下の者が多いようだった。どれもみな同じような顔に見えた。ただお清の混血児顔が一人違っていた。客は会社員や学生だった。みな髪の毛を長くして顔の艶がよかった。誰も彼も愉快そうでそして威張りたがってるように見えた。が不思議なことには、一人もどっしり腰を落付けてる者がなく、いつでもひょいと立上れるようにしている、とそういう感じがした。それがひどく私には不安だった。そしても
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