は全く気がぽーっとしていたらしい。細かな出来事は少しも覚えていないし、大体の事柄だって霧を通して眺めるようにぼやけている。はっきりしてるのはただ、私が次第に人の注意の的となっていったことだけである。
カフェーの中は客が殖えていった。お清は大抵の者と知り合いらしかった。通りがかりに何かと冗談を云い合っていた。
「何だい、あの子供は。」
そういう声が私にも聞えた。
「あたしの弟よ。」とお清は答えていた。
「うまく云ってらあ。君の子供だろう。混血児《あいのこ》は……早いって云うからな。」
その連中はどっと笑った。
「いいわよ。」
お清は怒った風をしながらも、笑顔をして私の方へよくやって来てくれた。が話は別になかった。
黙ってじろじろ私の方を見てる客もあった。
向うの植木の影からわざわざ顔をつき出して、私の方を覗いた女給があった。
二階に通ずる階段から、足音も立てないでひょっこりお新が降りてきた。私は思わず首を縮めた。
間もなくお新はまた出て来て通りかかった。と、不意に立止って私の方を見つめた。お清が立って、何やら耳元に囁いた。お新は蒼白い微笑をした。そしてつかつかと私の方へや
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