、私は喫驚してしまった。胸をどきつかせながら空想していたようなものは何もなかった。学校の講堂より狭い天井の低いだだ広い室、所々に置かれてる生気のない植木、卓子の列、鉄の煖炉と錆びた煙突……あちらこちらに二三人ずつの男が声低く話してるきりだった。
お清は私の前につっ立ってにこにこしていた。
「どう。……でもよく来られたわね。」
その彼女までが、白いエプロンをつけてるせいか、ずっと年取ってるように見えた。あの素晴らしい笑い方もしなければ、飛び上るような物の云い方もしなかった。
ただ、天井の大きな電球の光だけが素敵だった。
私はがっかりした。次には泣きたくなった。がそれをじっと我慢してやった。
「何を食べるの……珈琲……お菓子……ホット・クラレット……。」
私はただうむうむと気のない返辞をした。
私はもう何にも考えもせず感じもせずただぼんやりしていた。一人になっても、お清がやって来ても、同じことだった。そして、甘い洋菓子と苦い珈琲とに手を出した。
「案外つまんないな。」
「何が案外なの。」
そして彼女が初めて心からにっこり笑ってくれたので、私はいくらか落付いた。
然しその晩私
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