るんだい。勉強もしないで……そんなもの、こっちへよこしておしまい。」
 私は虫眼鏡を取上げられはすまいかと思って、急いで立ち上った。そして次の四畳半に蒲団を敷いて、妹と一緒に寝た。妹はすぐに眠ってしまったが、私はなかなか眠られなかった。
 九時を打って間もなく、父が帰ってきた。母は帳面やなんかを元の通りにしまって、抽出に鍵をかった。父は酔ってるようだった。足音が非常に大きかった。
「どうだったんだい。」と母は尋ねた。
「どうもこうも……ばかばかしい話さ。俺達のような、期限がきて解雇された者あ、ほんの僅かきり集ってやしねえ。臨時解雇の者ばかりなんだ。ところが彼奴等あ、まだ金が下ってねえって始末だろう。そう強えことばかりも云えねえわけさ、ぐずってばかりいてつまらねえから、俺あ先に帰ってきた。」
「だからさ、ごらんな、わたしが云った通りだろう。初めから出かけていくのが間違ってるよ。でもまあ、巻き込まれなくてよかったよ。」
「うむ……。向うでもうまくやったものだ。おしつまって金を渡す、そうすりゃあすぐ正月だ。何だ彼だ云ったって、うまくいくわけのものじゃあねえ。……だが、寺田さんも黒幕の一人だか
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