。私達子供はおとなしくしていなければいけないような気がしたのだった。
 母は用が済んでも炬燵の方へやって来なかった。火鉢の前に坐って何か調べ物を初めた。
 箪笥の下の方の片隅に、黒い鉄の延板がやたらに打ちつけてあって、そこに、手文庫代りの小さな抽出が幾つもついていた。母はその中から、いろんな紙片のはいってる袋や、小さな帳面や、黒い玉の小さな算盤などを取出した。そして、脂の多い皺くちゃな眼をしかめて、しきりに計算を初めた。――後で分ったことだが、母は内々知人の間に、日歩の金なんかを廻していた。それもごく僅かな額で兄の慰藉料や姉の身代金などから差引いたものらしかった。さんざん借金に苦しんできたので、自分でもそんなことをしてみたくなったのだろう。
 計算が少しこんぐらがってきたとみえて、母は癇癪を起し初めた。口の中でぶつぶつ云ってみたり、器具にあたりちらしたりしていたが、しまいにその飛沫を私達の方へ持って来た。
「何をぐずぐずしてるんだい。寝ておしまいよ。」
「もう寝てもいいの。」と私は云った。
「寝ておしまいよ。」と母はくり返して云った。「またそんな役にも立たないものを持ち出して、何をして
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